間接輸出と卸売企業:企業間取引ネットワークデータを用いた実証分析
独立行政法人経済産業研究所 RIETI
上席研究員 齊藤 有希子 様
企業にとって、国際貿易は市場拡大の重要な手段であるが、国際貿易にはさまざまなコストが伴うことが認識されている。たとえば、貿易に関わる手続きのコストの他、買い手や売り手を見つけるコストは国内取引よりも大きくなる。また、取引に関するリスク、すなわち、買い手の場合は製品の質、売り手の場合は支払いに関するリスクも、国内取引より大きくなり、コストにつながると考えられる。したがって、貿易を直接行える企業は、他国市場へのアクセスによって十分利益を上げられる生産性の高い企業であり、他方、貿易のコスト(固定コスト)負担のため、貿易による利益を上げられない企業が多く存在することが示唆される。
こうした中、卸売企業は仲介業者として間接的に貿易を行う機会を与えると考えられている。多数の他の企業の貿易を行うことで、各企業の貿易コストを下げることが可能となるからである。もちろん、卸売企業の利益は仲介利益に基づいており、各企業が卸売企業を用いるコストは存在するが、仲介する製品の価格にマージンを加えて販売することで増加させられる。すなわち、卸売企業はマージナルなコストを課しているといえる。
図は、上記のような直接貿易、間接貿易のコストの相違を反映させて、輸出利潤との関係を示したものである。図の横軸は企業の生産性、縦軸は輸出による利潤である。生産性の高い企業ほど企業規模も大きいため、この図の横軸を企業規模と考えても良い。まず、固定コストについては、直接貿易の方が大きく、生産性の低い規模の小さな企業では、輸出利潤が引き下げられることから、貿易利潤は直接輸出の方が小さくなる。図の縦軸の切片が直接輸出の方が低いことにより示される。生産性が高くなり規模が大きくなるにつれ、輸出による利潤は大きくなり、単調増加の形をとるが、卸売企業を利用する間接輸出では、輸出量に関係するマージナルなコストがかかるため、傾きが小さくなるのである。
企業は最も利潤が高くなる貿易の形態を選ぶことになる。また、直接輸出、間接輸出ともに、利潤がゼロのラインを超えない場合、どちらの貿易も行えない。すなわち、生産性が低く規模が小さい企業は国内取引のみを行う。次に、生産性が高くなり、間接輸出の利潤がゼロを超え、直接輸出の利潤よりも間接輸出の利潤が高い場合は、間接貿易を行う。最後に、さらに生産性が高く規模が大きい企業では、直接輸出の利潤が間接輸出の利潤を超え、直接輸出を選ぶようになる。すなわち、大規模企業では直接輸出、中規模企業では間接輸出、そして、小規模企業では国内輸出のみを選択することを示している。
本研究では、東京商工リサーチ(TSR)の大規模な取引データを用いて、図を示唆するエビデンスが得られるか検証した。TSRデータには企業レベルの取引データに加え、輸出の有無の情報があり、企業のそれぞれの貿易のタイプ(国内取引、間接輸出、直接輸出)を識別することが出来る。貿易のタイプごとに企業規模を比較したところ、国内取引のみの企業は最も規模が小さく、間接輸出をする企業の方が国内取引のみの企業よりも規模が大きく、直接輸出をする企業はさらに規模が大きくなることが確認され、理論と整合的な結果であることが確認された。
さらに、それぞれの貿易のタイプが選ばれる確率について、計量分析で詳しく見ていくことにより、図の縦軸の切片と傾きに対応する値を推定できる。分析の結果、縦軸の切片は直接貿易の方が小さな値が得られ、固定コストが高いことを示している。また、貿易タイプが選ばれる規模依存性は直接貿易の方が大きく、マージナルなコストが小さくなることが確認された。すなわち、卸売企業は各企業の貿易の固定コストを下げることで貿易への参入を促し、より多くの企業が貿易を行うことを可能にしているといえる。ただし、大企業は直接貿易の固定費を支払っても十分利益が出るため、マージナルなコストが必要となる卸売企業を通さずに、直接貿易することを選択していると考えられる。
このことから、卸売企業がさらに固定費を下げることができれば、より小規模な企業まで貿易に参加することが可能となり、市場を拡大することが出来るといえる。また、卸売企業がマージンをより低く設定できるようになれば、大規模企業が卸売企業を通した間接貿易を選択し、経済全体における貿易の固定費の重複を少なくできるといえるだろう。さらに、貿易の固定コストとして、売り手と買い手のマッチングのコストが含まれていることを考えると、卸売企業の情報提供機能として果たす役割は大きいといえよう。多くの貿易を仲介することにより、多くの情報が卸売企業に蓄積されると考えられ、それらの情報を間接貿易において利用することが可能となる。以上のことから、貿易振興政策として、卸売企業の有効な活用が重要であるといえる。
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