道南うみ街信用金庫・田原栄輝理事長インタビュー ~道南企業に必要とされる金融機関であるために~ 2024/06/20
コロナ禍での財務への影響が尾を引き、ロシアのウクライナ侵攻による資源価格の上昇など厳しい経済情勢が続いている。地域金融機関はどのように企業に寄り添っているのか。
東京商工リサーチ(TSR)は、経営課題解決に積極的に取り組む道南うみ街信用金庫・田原栄輝理事長に話を聞いた。
―道南うみ街信用金庫の特色や営業エリアについて
2017年1月23日、同じ道南を営業エリアに持つ江差信用金庫と函館信用金庫が合併して誕生した。「素敵な名前ですね」とお褒めいただくことも多い金庫名は、お客様からの公募により決定したものだ。
2024年3月末の預金残高は3,069億円、貸出金は1,226億円、常勤役職員数は243名で、江差町の本店をはじめ檜山管内と八雲町熊石で6店舗、渡島西部管内で4店舗、函館市と北斗市、その隣町の七飯町と合せて10店舗を構え、函館市を中心に、渡島・檜山地区を営業エリアとしている。
合併当初は江差、函館、北斗に本部を置く3本部制としていたが、2020年4月にこれを統合し、現在は20店舗1本部の体制となっている。
営業部店20店舗のうち、3店舗を預金為替業務に特化し融資業務を行わない母店子店制としているほか、この4月からは、檜山の2店舗において融資業務を個人向けの消費資金の取扱いに限定し、事業性融資業務の取扱いを本店に集約している。
檜山・渡島西部エリアの店舗を預金調達店舗、函館市内と近郊の店舗を貸出運用店舗と位置付ける、それぞれの地域特性に合わせた展開だ。
ニシン漁とその加工品による北前船交易により「江差の5月は江戸にもない」と言われた江差町や、最北の城下町である松前町、下田と共に1854年に開港した函館は言うに及ばず、道南は北海道の歴史の原点として多くの方々を惹きつけ、観光客数もコロナ禍前を超える勢いだ。一方で、人口減少のスピードは北海道内でも突出しており、経済規模が縮小する中、様々な工夫をしながら店舗網を維持し、金融機能を提供し続ける社会的使命を果たしていくためにも、次は函館市内とその近郊の店舗政策が課題だ。
経済規模が縮小しているとはいえ、北海道第三の都市である函館市における当金庫のシェアは決して高いとは言えない。当金庫が地域の方々のために役に立てることはまだまだある。
特に上位業態の道南における動向は、当金庫のプレゼンスを高める絶好の機会だと感じている。そのためにも、お取引先のみならず、一人でも多くの地域の方々にとって「頼りにできる」存在となるべく、地域の金融の担い手としてだけでなく、様々な分野での課題解決支援の取り組みをしている。
―函館管内の経済動向と課題は
道南経済は緩やかに持ち直しの兆しが見られる一方で、依然として課題が多く残されている。急速に進む人口減少と高齢化に加え、主力産業の一つである漁業を見ても、イカやホッケなど主要魚種の漁獲量が激減する厳しい環境が続いている。特にスルメイカはピーク時の30分の1まで減り、イカ漁全体でも過去最低を更新した。水産加工業者は原魚の確保に苦労しているが、魚種転換も容易ではなく、年々厳しさを増している。
もう一つの主力産業である観光業は、「新型コロナウイルス」の感染症分類の引き下げ以降、観光客数が順調に回復し、2024年はクルーズ客船の入港予定が58隻と過去最多になるなど、インバウンドを含めてコロナ前に戻りつつある。
コロナ下の閑散とした街並みから一転、賑わいを取り戻している中ではあるが、所謂「爆買い」はもう見られず消費活動は限定的で、一部を除いて、地元企業に対するその恩恵は限定的だ。
今年は、アニメ「名探偵コナン」劇場版の舞台が函館になり「聖地巡礼」の期待が高まるほか、フィンランド発祥のスポーツである「モルック」の世界大会も開催され、アジア以外の国からのインバウンドも見込まれ、今後の更なる裾野の広がりに期待している。
道南は、マクロの視点では、主力の漁業と観光の二本柱という産業構造の偏りから、新規産業の創出が求められるほか、地域間連携の強化が課題だと思っており、指定金融機関契約をしている多くの自治体間の橋渡しにも注力していきたい。
ミクロの視点では、国内外の政治経済状況を含めた社会環境が複雑化している中、お取引先のみならず、地域の皆様が当金庫のサポートを必要とされる機会が増えていくものと考えており、経営理念の「お客様よし、地域よし、金庫よし」の「三方よし」の理念の下、事業計画の策定や事業承継、販路拡大等の伴走支援のニーズにこれまで以上に取り組む。併せて、地域行事への参加・協力や、少年野球大会やフットサル、珠算大会等の子供たちの健全な育成に資するための独自事業への取り組むことにより、地域社会の持続的発展に寄与すると同時に、協同組織金融機関としての社会的使命を果たしていきたい。
道南うみ街信用金庫・田原栄輝理事長
―後継者問題が全国的に経営課題として浮上している
道南においても、コロナ禍後、自主廃業を選択する企業が増加しており、全てとは言わないものの、後継者がいないことからその選択をする企業が一定数ある。後継者不在は金融機関に対するネガティブな情報になるとして相談してもらえないケースもあり、担当の会計士の先生を経由して相談されることもあるようだ。
札幌や関東方面で就労する子息を呼び戻してまで苦労をさせたくないと言う経営者に対し、企業の正当な事業価値を示してM&Aの提案をするためには、経営者との信頼関係はもとより、外部の専門家の知見も必要だ。
中小企業や小規模事業者にも、そこで働く人とその家族の生活がある。賃金と物価上昇の好循環のための生産性向上、労働移動を目的とする「中小企業不要論」に基づき自然淘汰を促す言説に抗う(笑)意味でも、後継者問題の対応は信用金庫として今後益々注力していく業務の1つになっていくものと考えている。
―営業エリア内の経済トピックは
次世代半導体を生産するラピダスの千歳進出が北海道経済を大きく変えることが期待されているが、残念ながらその恩恵が道南まで及ぶかどうかは現時点では不透明だ。地方からの人材流出と札幌圏への一極集中が加速するのではと懸念する向きも多い。
ここまで人口減少や高齢化など、道南のネガティブな面ばかりを話してきたが、もう少し長い時間軸で見ると、実はこの道南でも明るい未来が期待できる。
前浜漁の不漁の話をしたが、この道南各地において「育てる漁業」、養殖の取り組みが活発化している。当金庫のエリアでも、江差町、奥尻町、八雲町熊石がトラウトサーモンの養殖に取り組み、水揚げが順調だ。
江差町の取り組みでは、当金庫の仲介により信金中央金庫の「SCBふるさと応援団」に応募し、地方創生事業「豊かな前浜づくりプロジェクト」に対し寄付金(企業版ふるさと納税)の贈呈があった。水揚げされたサーモンは、江差町のふるさと納税返礼品としても人気だ。
この他にも、先行して取り組まれてきたナマコの養殖や、知内町の牡蠣、福島町のあわびの陸上養殖も軌道に乗り安定出荷されているほか、先ごろマコンブとウニの種苗センターも新しくなった。
函館市においては、キングサーモンとマコンブの完全養殖と、魚類養殖により排出されたCO2を海藻養殖に吸収させ、地域カーボンニュートラルを実現させる「函館マリカルチャープロジェクト」が進行中だ。海水温の上昇がイカ不漁の原因の1つと言われている中で、環境保全と道南の海の幸の新たな広がりに期待している。
さらに、私が最も期待をしているのが、道南の2市16町が参加して設立された「函館渡島桧山ゼロカーボン北海道推進協議会」だ。
各市町が足並みをそろえ、GX(グリーントランスフォーメーション)の推進に向けて関連産業の誘致を進め、港湾利用の活性化、脱炭素化の先導地を目指し、協議会の枠組みにより、情報共有や情報発信、調査研究が進められる。
解決しなければならない課題は少なくないものの、渡島・桧山管内は全国随一の洋上風力のポテンシャルを有し、松前沖と檜山沖は国の有望区域に選定されている。今は過疎化の進行が著しい地区だが、既に地熱発電を軸に「サスティナブル・アイランド」の取り組みを進めている奥尻町に加え、これらの事業化が成就すれば、北海道の一大エネルギー供給地となり、今後、風車の建設工事のみならず、研究拠点の誘致や物流基盤の確立に向けた道路等のインフラ整備も期待できる。
華々しく大きなことは出来ないかもしれないが、地元の信用金庫として、地域経済の持続的な発展に寄与するために出来ることは少なくない。
―目指す方向性について
変化が激しく予測しづらい「VUCAの時代」と言われる現代は、前例踏襲、現状維持、過去の延長線上に未来はなく、不確実な予測の下で戦略をつくることに時間と労力を費やす「一流の戦略と二流の実行力」よりも、サッサとつくって皆で一丸となってやりきる「二流の戦略と一流の実行力」のほうが有効な場合もある。「三方よし」の経営理念を共通の価値観として、そこへの過程においては朝令暮改も厭わないアジャイル思考が必要だ。
さらに、「正解がない時代」に意思決定がトップに偏っていると、組織全体が依存する体質になってしまい、変化に脆くなる。スピードを求められる中で最初から確実な最適解を示すことはほぼ無理で、誤解を恐れずに言えば、経営陣も常に正しい判断をできるとは限らない。ゆえに、本部は勿論、営業部店においても、その地域・その店ごとの最適な方法があるはずで、金融機関人としての倫理観に基づき、経営理念と違わぬことを条件に「セルフマネジメント」を求め、組織力の強化に取り組んでいる。
アジャイル思考やセルフマネジメントなどと急に言われても、ハードルの高いことのように感じてもどかしい気持ちになることも多々あるが、預貸率が10%未満の店舗とオーバーローンの店舗を各地域でそれぞれ存続させていくためには、現場の人間が最適な対応を臨機に行うことが必要だろう。
「変わらずにいるためには、変わらなければならない」という映画のセリフは、管理職になった頃から、日々の業務を行う上で常に意識している言葉だ。
単に「お金を貸す」だけではなく、例えて言えば、血液のほかに「栄養(経営支援)」を行き渡らせることでお客様と伴走し、活力を吹き込む「育てる(を含む再生)金融」に取り組み続けることが、我々「うみしん」にとって「変わらずにいなければならないこと」であり、これを続けていけば、たとえ金融サービスの在り方が変わろうと、当金庫の存在意義が失われることはないと確信している。
そして、これを続けていくために、常に「変わっていかなければならないこと」は、役職員の問題意識だ。課題解決型金融・伴走支援にはマンパワーが必要で、デジタル化が難しく時間のかかる高コストの業務であり、これらを続けていくために、会社がとれるリスクの上限である「リスクバッファー」をどう確保していくか。世の中への感度を高め、周りの環境の変化を読み、例えば今まさに直面している課題と向き合う必要がある。マイナス金利の時代なら、「入るを量りて出ずるを制す」思考が必要だったが、「金利のある時代」を迎えた今、そこからどう変わらなければならないのか。当然ながら、単に金利のあった1990年代以前のやり方に戻れば良いわけではない。
支払利息の上昇に耐えられない企業を不良債権として切り捨てず、預金利息の増加等に伴う調達コストの上昇をどうカバーしていくか、日銀の金融政策の先行きも見据え、市場運用におけるリスクテイクをどう変化させていくべきか等々、道南地域の皆様の「うみしん」への期待に応えるために、如何に早く頭を切り替え、行動に移すかが大切だ。
当面はデジタル化を推進しながら、対外的にはアナログな活動(Face to Face)をメインとすることで、道南地域の皆様に必要とされる金融機関であり続けることを目指す。
奇しくも、旧江差・函館両金庫が1924年の創業であり、本年を創立100周年のアニバーサリーイヤーとして、昨年9月から記念行事に取り組んでいる。記念のスローガンは「ともに歩む 変わる未来へ 変わらない想いで」で、当金庫の20代の職員が考えたものだ。
合併から7年が経過して、「三方よし」の経営理念が浸透し、厳しい環境下で職員も日々奮闘している。
私たち道南うみ街信用金庫の役割は、その手段・方法が時々で変わっても、世の中の変化に的確に対応しながら、道南の地域経済やお客様の生活の安定を支え、道南地域のお客様と共に歩み成長していくことであり、これからも変わることはない。
2024/06/20
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